Cas9 screeningとは

Cas9 screeningとは、CRISPR-Cas9システムを用いて多数の遺伝子を同時に改変し、細胞の増殖、薬剤応答、分化、遺伝子発現変化などに関わる遺伝子を網羅的に探索するスクリーニング技術です。
日本語では「CRISPR-Cas9スクリーニング」「CRISPRスクリーニング」「ゲノムワイドCRISPRノックアウトスクリーニング」などと呼ばれます。

Cas9 screeningで何がわかるのか

Cas9 screeningでは、特定の表現型に関わる遺伝子を網羅的に調べることができます。
例えば、ある薬剤に対する抵抗性に関わる遺伝子、がん細胞の増殖に必要な遺伝子、細胞分化を制御する遺伝子、ストレス応答や代謝変化に関わる遺伝子などを探索できます。
従来の実験では、候補遺伝子を1つずつノックアウトして調べる必要がありましたが、Cas9 screeningでは多数の遺伝子を同時に調べることができます。

典型的なpooled Cas9 screeningでは、多数のsgRNAを含むライブラリを細胞集団に導入します。
その後、薬剤処理、細胞選別、時間経過、レポーター測定などによって細胞集団に選択圧をかけ、どのsgRNAを持つ細胞が増えたか、あるいは減ったかを次世代シーケンシングで調べます。
sgRNAの増減を遺伝子単位に集約することで、目的の表現型に関わる候補遺伝子を同定します。

Cas9 screeningの基本原理

Cas9 screeningの中心となるのは、Cas9タンパク質sgRNA(single guide RNA)です。
sgRNAはCas9を特定のゲノム配列へ案内し、Cas9はその部位にDNA二本鎖切断を入れます。
細胞がその切断を修復する過程で挿入や欠失が起こると、標的遺伝子の機能が失われることがあります。これがCRISPR knockout screenの基本です。

一方で、DNAを切断しないdCas9を使う方法もあります。
dCas9に転写抑制ドメインを融合させるとCRISPRiとして遺伝子発現を下げることができ、転写活性化ドメインを融合させるとCRISPRaとして遺伝子発現を上げることができます。
そのため、Cas9 screeningには遺伝子を壊すノックアウト型だけでなく、遺伝子発現を抑制または活性化するスクリーニングも含まれます。

Cas9 screeningの主な種類

Cas9 screeningには、目的や実験デザインに応じていくつかの種類があります。
CRISPR knockout screenでは、遺伝子を破壊してloss-of-functionの表現型を調べます。細胞増殖、薬剤感受性、生存に必要な遺伝子の探索などによく使われます。
CRISPRi screenでは、遺伝子発現を抑制してノックダウン様の効果を調べます。完全なノックアウトが致死的になる遺伝子や、発現量依存的な表現型を調べる場合に有用です。
CRISPRa screenでは、遺伝子発現を上昇させてgain-of-functionの表現型を調べます。薬剤抵抗性遺伝子や分化誘導因子の探索などに使われます。
Perturb-seqでは、CRISPRによる遺伝子perturbationとsingle-cell RNA-seqを組み合わせ、各遺伝子操作が細胞状態やトランスクリプトームに与える影響を高解像度に解析します。

Pooled screenとarrayed screenの違い

Cas9 screeningには、大きく分けてpooled screenarrayed screenがあります。
Pooled screenでは、多数のsgRNAを含むライブラリをまとめて細胞集団に導入します。各細胞が原則として1種類のsgRNAを持つように設計し、スクリーニング後にNGSでsgRNAの増減を読み取ります。大規模解析に向いており、ゲノムワイドスクリーニングでもよく使われます。
Arrayed screenでは、プレートの各ウェルに既知のsgRNAや標的遺伝子を割り当てます。各条件が物理的に分かれているため、画像解析や複雑な表現型測定と相性がよい一方で、実験規模やコストの制約が大きくなります。

どちらの方法が優れているかは、研究目的によって異なります。
大規模に候補遺伝子を探索したい場合はpooled screenが向いており、詳細な細胞画像や複数の表現型を個別に測定したい場合はarrayed screenが向いています。

Cas9 screeningの一般的な流れ

まず、薬剤応答、細胞増殖、分化、遺伝子発現変化など、調べたい生物学的問いを決めます。
次に、ゲノムワイドライブラリ、特定遺伝子群に絞ったカスタムライブラリ、パスウェイ特化ライブラリなど、目的に応じたsgRNAライブラリを準備します。
その後、Cas9発現細胞またはCas9を同時に導入できるシステムを用いて、sgRNAライブラリを細胞に導入します。

スクリーニングでは、薬剤処理、FACS、時間経過、レポーター活性、分化誘導などによって目的の表現型に応じた細胞集団を回収します。
回収した細胞からゲノムDNAを抽出し、sgRNA領域をPCRで増幅してシーケンス用ライブラリを作成します。
次世代シーケンシングによって得られたFASTQファイルからsgRNAのリード数をカウントし、条件間で増えたsgRNA、減ったsgRNAを統計的に解析します。
最終的に、sgRNAレベルの変化を遺伝子レベルに集約し、候補遺伝子を同定します。

Cas9 screeningにおけるバイオインフォマティクス解析

Cas9 screeningでは、実験だけでなくバイオインフォマティクス解析が非常に重要です。
まずFASTQファイルからsgRNA配列を抽出し、sgRNAライブラリのリファレンス配列に対応づけます。
その後、各サンプルにおけるsgRNAごとのリード数をカウントし、カウント行列を作成します。
この段階では、リード品質、マッピング率、ライブラリカバレッジ、サンプル間のリード数差、replicate間の再現性などを確認します。

次に、条件間でsgRNAの存在量がどのように変化したかを解析します。
あるsgRNAが処理後に増えていれば、そのsgRNAが標的とする遺伝子の欠損がその条件で有利に働いた可能性があります。
逆に、あるsgRNAが減っていれば、その標的遺伝子が細胞の生存や増殖に必要である可能性があります。
MAGeCKなどの解析ツールを用いることで、sgRNAレベルの変化を遺伝子レベルにまとめ、positive selectionやnegative selectionを受けた候補遺伝子を推定できます。

さらに、得られたhit geneをRNA-seq、single-cell RNA-seq、ATAC-seq、ChIP-seq、プロテオーム、メタボローム、公共データベースなどと統合することで、候補遺伝子がどの経路や細胞状態に関わっているかを解釈できます。
そのためCas9 screeningは、プログラミング、統計解析、データ可視化、パスウェイ解析、オミクス統合解析を実践的に学ぶことができる研究テーマです。

Cas9 screeningとオミクス解析

Cas9 screeningは、さまざまなオミクス解析と組み合わせることで、より高い解像度で遺伝子機能を理解できます。
RNA-seqと組み合わせることで、候補遺伝子の発現変化や下流経路を調べることができます。
single-cell RNA-seqと組み合わせることで、細胞集団全体の平均では見えにくい細胞状態の変化や、特定の細胞集団に限った応答を解析できます。
ATAC-seqCUT&Tagと組み合わせることで、遺伝子perturbationがクロマチン状態や転写制御に与える影響を調べることもできます。
さらに、パスウェイ解析やネットワーク解析を行うことで、hit geneのリストを生物学的なメカニズムとして解釈できます。

Cas9 screeningに必要なスキル

Cas9 screeningには、生命科学と情報科学の両方の知識が求められます。
wet側では、分子生物学、細胞培養、レンチウイルス、PCR、ライブラリ作成、次世代シーケンシングの基礎知識が重要です。
dry側では、FASTQ解析、カウント行列の作成、統計解析、RやPythonによるデータ処理、Linux環境での解析、データ可視化、パスウェイ解析、オミクス統合解析などが必要になります。

ただし、最初からすべての技術を習得している必要はありません。
重要なのは、実験の背景を理解しながらデータを扱い、得られた解析結果を生物学的な意味に変換する力です。
Cas9 screeningは、wet実験とdry解析をつなぐ研究に興味がある大学院生にとって、非常に実践的なテーマです。

当研究室におけるCas9 screening

当研究室はwetの研究室ですが、バイオインフォマティクス/データサイエンス分野のdry研究を行う大学院生を募集しています。
Cas9 screeningは、wet実験とdry解析が密接につながる研究テーマであり、当研究室の研究スタイルと非常に相性のよい技術です。

当研究室では、シーケンシングそのものは外注していますが、ライブラリ作成までのwet作業と、シーケンス後のFASTQ解析以降は自分たちで行っています。
そのため、単に外部データを解析するだけではなく、実験デザイン、サンプル調製、ライブラリ作成、FASTQ解析、統計解析、オミクス統合解析までを見通した研究を行うことができます。

Cas9 screeningに向いている大学院生

Cas9 screeningは、CRISPR、機能ゲノミクス、オミクス解析、バイオインフォマティクスに興味がある大学院生に向いています。
特に、wet実験の背景を理解しながらdry解析を行いたい人、生命科学データをRやPythonで解析したい人、FASTQ解析や統計解析を実践的に学びたい人に適しています。

Cas9 screeningでは、実験結果がそのままデータ解析につながります。
どの細胞を使ったのか、どの条件でスクリーニングしたのか、どのタイミングでサンプルを回収したのか、ライブラリ作成にどのようなバイアスが入りうるのかを理解することで、解析結果の解釈が大きく変わります。
そのため、wet研究室の中でdry研究を行う大学院生にとって、Cas9 screeningは非常に発展性の高い研究テーマです。

まとめ

Cas9 screeningとは、CRISPR-Cas9を用いて多数の遺伝子を同時に操作し、表現型に関わる遺伝子を網羅的に探索する機能ゲノミクス技術です。
sgRNAライブラリ、細胞スクリーニング、次世代シーケンシング、FASTQ解析、統計解析、オミクス統合解析が一つのワークフローとしてつながっています。
この技術の本質は、遺伝子を壊すことだけではなく、どのような問いを立て、どのような表現型を測り、どのようなデータとして読み出し、どのように生物学的意味へ変換するかにあります。

当研究室では、wet実験の現場に近い環境で、ライブラリ作成からFASTQ解析、オミクス統合解析までを見通した研究に取り組むことができます。
バイオインフォマティクスやデータサイエンスを生命科学の実データに応用したい大学院生にとって、Cas9 screeningは実践的で発展性の高い研究テーマです。

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